神代そばについて

  戦前に書かれた「出雲新風土記」太田直行著の蕎麦の項には、「出雲蕎麦は正真正銘の生蕎麦である。」と書かれています。そして「他国の人は、こんなに黒くて堅い蕎麦なんか食へやせん。と眉を顰める」とも書かれています。どうやら当時のそば屋は、季節や玉の大きさによってつなぎを変えていたようで、新そばから三月までの間は、つなぎを使わない事もあったようです。今のように多くの店が二八蕎麦を打っていたわけではない事が伺えます。また、喰い汁の作り方には、鰹節で出汁を取り、地伝酒、砂糖、醤油を入れ、煮詰めて作ると書いてあります。そして、「昔は蕎麦屋が荒蕎麦を買って毎日の使ひ料を手挽きしたものだが、現在は製粉屋に機械挽きにさせてゐる」とも書かれ、伝統的な製粉方法が変わりつつある様子も分かります。
  これらのことを読んでいる内に、黒くて堅い蕎麦、つなぎを使わない製法、地伝酒を使ったそばつゆ、石臼挽き自家製粉など、今神代そばが行っていることは昭和初期には当たり前の事だったのだと分かります。そして、江戸時代から続く松江の老舗の蕎麦屋が時代とともに製法を変化させていったのにもかかわらず、戦後田舎で創業した弊店が、実は松江の伝統的な蕎麦を守っているのには驚かされます。
  今まで、多くの書物やお客様からの話を元に、神代そばのルーツは田舎の振る舞い蕎麦であったことが分かりましたが、実はこれ、伝統的な松江の蕎麦の作り方でもあったのです。
  江戸時代から続く、伝統的な蕎麦の味をお楽しみ頂ければと思います。