神代そばについて

  「松江の六人衆」という本の刊行にあたり、いろいろ出雲そばについて調べてみました。
 私は子供の頃から、うちのそばが他の松江のそば屋さんのものと異なっているので不思議に思っておりました。他のそば屋さんは粉屋から粉を買い、小麦粉二割の二八そばが当たり前。それに対して神代そばでは、昔から石臼でそば粉を挽き、つなぎのない生粉打ち(十割)のそば。同じそば屋なのに何故かとずっと思ってきたわけです。
  調べを進めるうち、現在の出雲そばは三つのルーツを持つのではないかと思うように至りました。
 一つは松江のそばです。松江のそばは江戸後期より、そのそば文化を開かせ、「連」により割子という器が作られたのは有名な話です。また、「そば屋の二階」は、貸部屋だったり、喫茶店の代わりに人が集まる場だったりしました。そして松江ではお客さんが来られると、出前を取ることが多いので、割子を使った出前中心の商売は今でも残っています。
 もう一つは出雲大社の門前で盛んになったそばです。全国から集まった参拝者により、出雲そばの名は広まっていきました。松江のそばだしが本節を使った辛口なのに比べ、こちらのそばは甘口と言われています。
  最後に神代そばのルーツと思われるのが、古くから農家で行われていた振る舞いそばです。大事なお客様があると主人は自分の畑でとれた玄そばを朝から石臼で挽き、お客様にあわせてそばを打ち、茹でて振る舞ったそうです。もちろん割子ではなく、お膳の上に大きめな椀でお出ししていました。実際私の母の実家は古くからの農家ですが、私が子供の頃こうやって出されたことを覚えています。またこうしたそばのつなぎは、個々に異なっていたようですが、つなぎを使わない生粉打ちのそばが、味としてもそば打ちの技術としても最高のものだったらしいです。
  これらのことが分かってくるにつれ、うちのそばが他と違うのは当たり前なんだと納得できました。現在こういう形でそばを打っている店は他に一軒ありますが、そこのご主人も奥出雲の山里のご出身です。何だかおもしろいですね。